「避難所」は「ヤ」です
≪つぶやき万華鏡≫
最近、何人かの要約筆記者とのメールのやり取りの中で、一人の若い要約筆記者が
「
私には避難所へ行くという選択肢はありません。
とにかく現場から離れる手段を考えます」
と喝破(かっぱ)された。
、
なるほど、そういう
発想があるんだなあ。
今回の熊本・大分地震の「
震災関連死」では、
エコノミークラス症候群と
心不全の人が含まれていた。
避難所や車中泊の
ストレスが原因とされている。
今頃になって、
「健康不安を抱える人は、被災地の外への一時的な広域避難も検討してほしい」
というような指令も出されている。
避難所の様子を刻々と伝えるテレビの画面をみていると、
私だって、
ストレスに堪えられそうもない。
何もかも放り出して、
いや、
お金と
タブレットと
地震保険証書だけを持って、
どこか遠くへ逃げたい。
安い宿を探せば、1週間や10日ぐらいなら、何とかなるだろう。
ほんとうは、日頃から
「セカンドふるさと」
というようなところを確保しておくのが理想的だ。
そういう発想をした人が、かつて長野県にいました。
それはだれか、と言えば・・・
ああ、あの人、と思い当たるだろう、
ヤッシーこと
田中康夫知事(当時)。
彼は、県の庁舎に住みながら、県南の
泰阜(やすおか)村に住民登録をして
村民運動会にも参加していた。
「泰阜村民としての実態がねえじゃねえか」、
などと県会で追及され、結局は中断してしまったが・・・。
現在では「
ふるさと納税」というようなシステムがある。
自分の好きな自治体に一定額の住民税を払って、
「
いざというときにはお願いします」
というようなシステムは考えられないだろうか。
もう一つ、塩尻市の姉妹都市(
南伊豆町など)へ避難するという手もある。
みんなでバスで行けばいいじゃないか。(笑)
冗談はさておき、
「災害=避難所」という公式は、
健常者には当てはまっても、
弱者にそのままあてはめていいのかどうか。
災害が連続的に起こっている地域の中での「避難所」を転々としたって、
それこそ、
どこ行ったって同じじゃん
このフレーズを、
一つの大きな問題提起としてとらえるべきではないか、
蛇足ですが、交通が遮断されて、どこにも逃げられない、
という場合には当然避難所へ行くしかない。
しかし、今回の熊本地震では、
マスコミなどが大勢入っています。
入っているということは、
出てゆく手段だって、あるはずだ。
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2916.4.22 (FRI)
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