2013年04月27日
「七つの迷信」へのコメントから
ROKUさま、お久しぶりです。山形も今桜満開です。
さて、難聴者の迷信。当事者として。
1、難聴者は健聴者のお荷物になってる
2、難聴者は聞こえないから地域の役割を免除できる
3、聞こえないことを隠したほうが良い(同情されたくない)
4、聞こえるふりしても良い(理解してないのに分かったと言う)
5、難聴者は障害者だから、助けてもらう立場。誰かを助けることはしない
6、自分は聞こえるから障害者ではない、と突っ張ってるがいつの間にか居場所を求めて、寄って来ている
ROKUさんの迷信が健聴者から見た迷信ならば私のは当事者の思い込み?みたいな事ですね。
誰かがいつか助けてくれるんじゃないかと誰も自分から行動しないのが、地元の難聴者の態度です。他にもあるだろうけど、この6点が実際に地元の人たちを見ていてまた、過去の自分を振り返って思ったことです。6点目は最近、手話サークルに来た難聴者のことです。
前に【私はまだ聞こえるし手話なんて必要ない】と私に言ってサークルを去って行ったのに、4月からまた来たのです。何事も無かったように。
Posted by ノリリン at 2013年04月26日
ノリリンさんお久しぶりです。
山形は桜が満開なのですね。信州では松本平では散ってしまいました。
「大町以北山沿い地方」と言われる地域が満開のようです。
さて、難聴者から見た聴者側の迷信ですね。
1から6まで、なるほど、そうだそうだ、思い当るところがあるなあと
共感して読みすすめました。
特に6の「障害者ではない、と突っ張ってるが・・・」にいたっては、
いくらか、「苛立たしさ」さえも感じました。
そういう人って、ほんと、いるんだよね。
コメントの内容について、塩尻要約筆記入門講座の講義内容に
反映させていくつもりです。ありがとうございました。(ROKU)