2013年04月30日

難聴・七つの迷信(2)

迷信2:耳の聞こえない人は「口話」ができる

この迷信は、ある程度聴覚障害に理解と関心のある方が持つ迷信である。

「口を大きく開けてゆっくりと話せば聞き取りやすい」
というのも、たしかにそれはそれで間違いではないのだが、
それでも読み取れない・・・、
という場合の方が、実は多いのではないか。

いっくら口お大きく開けて、
いっくらゆっくりと
「す・み・れ」
「す・み・れ」
などと繰り返されても、
わからないときには、わからない。

ことに、話題が変わったようなときに、
すぐさま口話で対応できる人は少ないのではないか。

4月28日の日曜日に、Eテレ「ろう・難聴を生きる」で、
「口話」のできる難聴の野球選手を紹介していた。
番組は前・後半に分かれ、後半は来週の放映とのこと。

野球ではキャプテンを務め、外野を守るときには、率先して声を出して他の選手に知らせる。
そうすれば、仲間が自分に合わせてくれる。
野球の成績はなかなかのもので、プロ野球のドラフトの指名まであと一歩というところ。

本人も立派だが、仲間も立派だ。

幼少のころから手話を使わず、「口話」を訓練してきたというから、
相手の口型で読み取る力は、人並み以上であろう。

しかし、一般には、「口話」だけでコミュニケーションを取ることは難しい。
そのことは、ろう学校における半世紀にもわたる「口話」教育の失敗が実証している。

Eテレの番組は、
「難聴者でもこのように、工夫と努力で頑張っている者がいる」
という一例であろう。

とてもよい番組だが、これを視聴している聴者のみなさんが
「訓練すればだれでも口話ができる」
と拡大解釈、誤解をする者もいらっしゃるのではないか、
との心配がある。

杞憂であればよいが。              2013.4.30

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追記 2017.10.29

「耳の聞こえない人は手話ができる」という迷信も困ったものだが、
しかし、その迷信は、日常では、さして実害はない。
私の経験では「手話か身振り、筆談で」と、お願いした場合、手話で返されたということはない。
「手話言語条例」が成立したからといって、
手話は、そう簡単に修得できるものではないからだ。

一方、「難聴者は口の動きを読み取れる」とうい迷信は、ほんとうに困ったものである。
「口を大きく開けて、ゆっくりとしゃべる」ことは、(手話とは異なり)聴者は何の練習もいらない。
みなさん、何の苦労もなく、出来てしまう。

そりゃあ、読み取れる場合もある。
しかし、それは、口形を読み取るというよりも、たまたま、勘で読み取っていることの方が多い。
「読みとれる場合もある」ということと、「読み取れる」こととは、まったく異なる。

追記 2017.10.30

「読話」とか、「空書」の読み取りは難しい。
難聴者は大変な神経を使う。
精神的に追い込まれる。
そのあげく、結局はトンチンカンな応答になり、
それを笑われる。
大笑いされる!
こんな悲しいことがほかにあるだろうか。
これは人権問題ではないか。

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Posted by 六万石 at 18:08 │難聴・七つの迷信